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おいしい牛乳屋さん

メンタル弱々主婦の妊娠生活の記録

【妊婦6w~7w】重症妊娠悪阻で入院①

 

 

つわりのピークの話をします。

 

吐きづわり、食べづわり、唾液づわり。

すーべてつわりの産みの親ぁ・・・

 

と、言いたくなるところですが、、

とにかく、これでもかってくらいつわりに苦しめられました。

 

もともと嘔吐しやすい体質というか、不安になったり、食べ過ぎたりすると、すぐにもどしてました。

なので、いつから精神的なものではなくつわりによる嘔吐なのか不明です。

 

 

 

 

妊娠6週目

1月31日(火)

朝、嘔吐して、それからしばらくしても気持ち悪さがおさまらず、タクシーで仕事に向かいました。職場でも仕事にならず、ずっと休憩させてもらっていました。(優しい人ばっかりの職場で本当に助かりました。)

この日は絶えず飴を食べていました。飴を食べていると、少し楽な気がしました。

 

2月3日(金)

初めて仕事を休みました。朝から吐いて吐いて吐いて、電話も泣きながらかけました。

この日から急にひどくなりました。

座っていて、少し体勢を変えると吐く。その繰り返しでした。

後から思えば、この頃、尿が全く出てなかった。

 

 2月4日(土)

朝から吐き続けていました。何も食べていないのに吐くので、とうとう血も吐きました。真っ暗い血でした。何か飲もうとして、ポカリを飲むのですが、それもまた吐いてしまい、その日のうちに産婦人科へ。

重症妊娠悪阻で即入院となりました。

着替えも看護師さんに手伝ってもらわなくちゃできなくて、身体もふらふらだったのでされるがままになっていました。

点滴をすぐ始めたのですが、脱水になっていたため血管がでなくて3回ほど打ち直しに。

 その後、吐き気止めと胃薬も入れてもらい、若干楽になりました。相変わらず血を吐いていましたが、脱水がましになり意識がしっかりしてきました。

 

2月5日(日)

夜中も寝返りをうつ度に嘔吐してしまい、なかなか寝られません。吐き気止めを入れてもらっても、2時間くらい眠れるけど、それ以上に副作用の全身がむずむずする感じが耐えられないし、結局気持ち悪いのは治らないし、入れてもらうのを止めます。

 3日ぶりにシャワーをするが、湯気がマヨネーズのような匂いがする気がします。それで気持ち悪くなり、そしてめちゃくちゃ疲れる。

「もう赤ちゃん、私のことを苦しませないで」と思う。本当につわり、頑張れるのかな。

 

2月7日(火)

この日も朝から吐き続け、30回ほど嘔吐。 看護師さんの前や夫の前でも我慢できずに吐いてしまってました。

テレビやスマホを見るのがしんどくなりました。特にSNSに載ってる手作りご飯を見ると気持ち悪くなって吐きました。

何をしててもしんどくて、ひたすら壁を見つめて時間が過ぎるのを待ってました。咳き込みすぎて、腹筋が筋肉痛になり「はやく楽になりたい」そればっかりずっと考えてました。

夫は毎日、仕事終わりに面会に来てくれました。いつも「何が欲しい?」と聞いてくれるのですが、毎回ティッシュと言っていました。入院中は箱ティッシュを1日1.5箱ペースで使っていました。余談なのですが、唾液を出すためにティッシュが欲しかったのですが、夫はいつも高級な少しウエッティティッシュを買ってきてくれてました(笑)

病院では食事を出してもらわず、食べられるものを持ってきてもらうように言われてたのですが、この時は飴(いちごの飴限定)を持ってきてもらってました。

 

 

妊娠7週目

2月9日(木)

吐きすぎて胸のあたりが痛くて呼吸がしづらい感じがしました。この時で一日に50回ほど吐いてます。部屋中エチケット袋だらけになってました。喋るのもしんどい。「今日もはやく過ぎて」と祈るばかりです。唯一食べられていた飴すら食べられなくなります。

吐くときに何か飲んでいた方が楽かと思いポカリを飲んでいたのですが、ポカリを飲むせいで、点滴の栄養まで吐いてしまっていました。そして脱水になり、また尿がでなくなりました。

自分で何かを摂取するのは、吐いた後に水でうがいするだけにしました。

母から励ましのLINEが毎日きていたのですが、この日は精神的にもまいってしまっていて、怒ってしまいました。

母「赤ちゃんと楽しめることしてみたら?」

私「余裕ない。楽な時間あったら休みたい。もう吐きすぎて喉痛いし胃もひっくり返りそうだし心臓も痛いし呼吸することにも必死なんだけど。」

今思うと母の気も知らず、ひどいですね。最近、電話して謝りました。

 

2月10日(金)

寝たきり。とうとう私の喋る言葉も看護師さんに聞き取ってもらえなくなります。(この日くそ辛かった。多分ピーク)

点滴が刺さらなくて結局関節の近くに刺してもらうけど、腕少し曲げる度にピーピー鳴らしてしまい、看護師さんに来てもらうの申し訳なかったな。

呼吸がしづらくて、もう身体もたないんじゃないかと思いました。

1ヶ月前まで毎日死にたかったのに、今必死で生きてて、自分の命を削りながら生きてて、不思議なことに全く死にたいなんて思わなくなってました。

むしろ生きたかった。

普通に呼吸して、普通にご飯食べて、普通にしゃべれて、そんなことがしたくてたまりませんでした。

 

2月13日(月)

吐く回数が50回から30回ほどに減りました。

もしかしてピークを越えたかもと思うと嬉しかったです。

テレビを見る余裕も出てきました。CMのチャーハンとか見るとうえっとなりますが、ご飯と関係ない番組は見られるようになりました。

私は個室ではなく二人部屋に入院していて、一人空いてたのですが、そこにとうとう産んだばっかりの方が入院されました。

最初は、夜中に吐くときとかうるさくて申し訳ないなと思っていたのですが、それよりも辛いことが2つありました。

それは、食事の匂い。これは運ばれてくるとき仕方ないのですが、必ず吐いてしまいました。

もう一つは、昼間の面会。旦那さんやご両親、たくさんの方の幸せそうな声が何故か私の寂しさと辛さを加速させました。

泣きたかったのですが、入院中は脱水のせいで涙が全く出ませんでした。

 

2月14日(火)

咳き込むとあばらに激痛。ついでに診察してもらうことになりました。

診察室まで片手に点滴、片手にエチケット袋を持ちゆっくりゆっくり行きました。途中、待合室で視線を感じながら(笑)

あばらは咳き込みすぎだと言われました。折れてると思ったのですが、全然折れてはなかったみたいです。

赤ちゃんは、すくすく育ってました。お母さんはこんなに苦しいけど、赤ちゃんはちゃんと大きくなってました。エコーを見ると少し元気が出ました。また、私の病室に来る看護師さんたちがみんな、エコーを見ていってくれて「可愛い~!」と言ってくれました。

私の子どもって可愛いんだ、と初めて思いました。

 

2月15日(水)

夫に職場に行ってもらい、話をしてきてもらいました。そして、退職することに決めました。いつ復帰できるか分からなかったし、早く復帰しなくちゃという焦りもあったので、退職することに決めて、気持ちも楽になりました。

この日の夜、個室に移ることになりました。

食事の匂いから解放されると思うと嬉しかったです。

 

 

 

 

以上が7週目までの記録です。

 

思い返すと、本当に辛かった。人生で何度も死にたいと思ったことはあっても、「死ぬかもしれない」と思ったのは初めてでした。

嘔吐するのもしんどかったのですが、それより呼吸がしづらくて息苦しくて窒息するかと思いました。

あと、身体中がしわしわでカサカサで粉をふいていて、見るからに脱水!潤いゼロでした。看護師さんからは、「おばあちゃんみたいな腕だね」と言われました。ひどい。